論語

いつも読んでいる「ヤングジャンプ」

ここで連載中の

「僕、いますよ」本宮ひろ志

試し読みできます。

https://tonarinoyj.jp

試し読みとなっていますが全話読めます

上のリンクのHPから「僕、いますよ」をさがしてクリックして読んでください


主人公は、中国の古典を愛読

人生に活かしています。

論語

菜根譚

孫子の兵法書

司馬遷の史記

この漫画をよんでいたら論語に興味が出てきました

論語とは?

論語』とは、孔子と彼の高弟の言行を孔子の死後、弟子達が記録した書物である。

512の短文が全20篇で構成されている。篇の名称は(「子曰」を除く)各篇の最初の二文字(または三文字)を採ったものであり章によってはその章の内容のことをいう。前10篇を「上論」、後10篇を「下論」と呼んで区別したりもする。全10巻。

論語の本が欲しくなって色々調べました

ネットで

「論語 本 おすすめ」で検索

https://ranking.goo.ne.jp/select/4415

有名なのは岩波書店の論語

全文読みたい

わかりやすいのがいい

色々考え購入をしたのが

第5位の

一気に通読できる完訳「論語」

本屋に行ったり図書館に行ったりしたが、この本は無い。

数かぎりない論語の本を立ち読み検討したけど現代語訳が様々

迷った末、上の本を選びました

上のリンクの紹介文

現代風の文章で論語の全体像がわかる傑作

「高校生が感動した「論語」」のわかりやすい翻訳が話題になった佐久協さんが書いた論語の現代語訳です。前半は512文全ての現代語訳のみを掲載し、最後に原文と読み下し分が掲載されています。

「Twitterを読んでいるようだ」といわれるカタカナ語が使われた現代風の文章は非常に読みやすく、一気に論語の全内容を知ることができます。論語の全ての文章が掲載された本は少なくありませんが、なかなか簡単に読める本はありません。

この本は読みやすさを第一に考えて書かれているので、古典の論語に馴染めない人でも簡単に読み進めることができます。あまり簡単で現代風に書かれているせいで、ありがたみを感じられない人もいるようです。


孔子といえば、儒教、朱子学と漠然と思っていました。

しかしこの本の冒頭を読むと違うことに気がつきました

本から引用

孔子の死後、300年近く経った、漢王朝時代。

第7代皇帝の武帝は、孔子の12代目の子孫の孔安国を文部次官級の地位に登用

孔子の言葉を

支配者側に都合よく解釈して武帝の厚遇に報いた

その流れに沿って形成されていったのが「儒教」である

儒教の考え方の基本には、男尊女卑があるが、

「幼にして父に従い、嫁としては夫に従い、老いては子に従え」といういわゆる「女性三従」の教えのごときものは「論語」にはない

また「論語」の中で孔子は、斉国の君主から政治は、どう行えば良いのかと尋ねられて

「君 君たり 臣 臣たり 父 父たり 子 子たり」と答えている

これは

「君主は君主らしく、父親は父親らしく、子供は子供らしく振るまえ」という意味

儒教では

「たとえ皇帝が、皇帝らしくなくても家来はあくまでも家来として忠誠を尽くし、親が親らしくなくても子供はあくまで親孝行に励め」という意味で読み替えられている


昔の記憶なのですが、本当の純粋な儒教は日本が受け継いでいると、どこかの本で読んだことがあります。

今回論語を紹介するにあたって調べてみました

中国、韓国が、特に韓国がなぜあんなに歪んだ儒教の影響を強く受けているのか?疑問に思ったからです


江戸時代の初期、徳川家康によって林羅山は三代にわたって政策顧問となり儒教の啓蒙期の学者として大きな力を持った

朱子学派儒学者

朱子学とは、南宋の朱熹によって再構築された儒教の新しい学問体系

朱子学は儒学を発展させてまとめなおしたもの

伊藤仁斎(1627-1705)は京都にうまれた儒学者で、古学を打ち立てたことで知られている。徳川幕府は南宋朱熹の儒教解釈である朱子学を治世の根本としたが、開府から半世紀が経過したころになり、ようやくそれに対する批判が兆してきた。山鹿素行や伊藤仁斎らがその先駆であった。  仁斎は二十歳を過ぎたころから儒者を志したが、主流であった朱子学にあきたらず、仏教や老荘の学、はては王陽明の学問にも満足することができなかった。ついに古来のいっさいの注釈を捨て、『論語』、『孟子』の原義を強調するにいたった。1666年になり塾を開いて古義堂と号し、門弟は3000人の多きを数えたという。

権力者によって作られてきた儒教を否定し、古来の論語を見直すことをしたのだと思います


参考にした本

『なぜ論語は「善」なのに、儒教は「悪」なのか』

この本を解説しているブログ

https://www.ichijyo-bookreview.com/2019/07/post-1684.html

この中から抜粋

本書の帯には、「中国人は儒教に『権力』を求め、日本人は『愛』を求めた」「著者が人生を通じて発見した真理――孔子の心は中国ではなく日本にあった!」と書かれています

著者は「『論語』と儒教はまったく別々のものである」として、こう述べています。
「孔子の『論語』と、儒教とを同一視する今までの学術上の定説と歴史上の通念は、まったく間違っている。『論語』と儒教は、その本質においてまったく異なっており、そもそも別々のものでしかない。『論語』はとにかく儒教とは違うのだ。『論語』の精神は『論語』にあって、儒教にあったのではない。『論語』は『論語』であって、儒教は儒教なのである、と。そして、『論語』の精神と考えには、われわれにとって普遍的な価値のあるものが多く含まれているから、『論語』は大いに読まれるべきである。しかし、儒教とは単なる過去からの負の遺産であり、廃棄物として捨てておくべきものである、と」

第四章「朱子学を捨て、『論語』に『愛』を求めた日本」では、「朱子学を取り入れつつ、完全離脱した日本」として、著者は以下のように述べています。
「戦国時代の乱世に終止符を打って天下統一を果たした徳川家康は、安定した政治的仕組みを作っていくために、儒教を幕府の政治理念として取り入れた。そのとき朱子学が中国・朝鮮を含めた東アジアの世界では支配的地位を占めていたから、幕府の導入した儒教はもはや飛鳥時代に日本に伝来したような伝統的儒学ではなく、時代のトレンドとなった新儒学、すなわち朱子学であった。かくして、朱子学は一時、日本の思想界を支配することになったが、幸いなことに、日本人は朱子学を受け入れながらも、それとペアになっている「礼教」にはまったくの興味を示さなかった」

 また、「『論語』との矛盾に気がついた伊藤仁斎」として、著者は江戸前期の思想家で朱子学に対して最も根本的な批判を展開した伊藤仁斎を取り上げ、こう述べています。
「朱子学による儒学古典の曲解や歪曲を一度洗い落として、儒教思想の本来の姿を取り戻すべきだと、仁斎は考えた。そのために彼が開発した独自の学問の方法とは、朱子学による古典の注釈や解釈を無視して、『論語』や『孟子』に書かれている古の言葉をその本来の意味において理解し会得することだった。それがすなわち仁斎の『古義学』というものである」
「仁斎が取り戻そうとした『愛』の原理」として、著者は「仁斎が取り戻そうとした儒学の原点とは何であったか。それは仁斎自身が『最上至極宇宙第一の書』と絶賛する『論語』と、仁斎自身が『論語』から読み取った『愛』の原理である」と述べます。

中国流の峻烈な原理主義の朱子学から離反したのは、むしろ自然の成り行きであっただろう。『仁斎の造反』によって日本人は、江戸思想史における『脱朱子学』の決定的な一歩を踏み出したのである。その中でも、朱子学の『理』に対する仁斎の批判はまさに正論であって痛快でさえある。朱子学の原理主義に対して仁斎が投げつけた『残忍刻薄の心』の一言によって、中国の朱子学と礼教の本質が端的に表現されたのである。仁斎が同時代の中国で流行している『殉節』や『守節』の実態を知っていたかどうかは定かではない。だが、彼のこの一言はある意味では、礼教によって殺されていった何千何万の中国人女性の心を代弁していると思う。伊藤仁斎は偉大である」

「あとがき」では、著者はこう述べています。
「『論語』が語るのは「愛」であり、思いやりの『恕』であり、温もりのある『礼節』であった。だが、後世の儒教や礼教はもっぱら、『大義名分』たるイデオロギーによって、人間の真情としての『愛』や『恕』を殺そうとし、実際にそれらを見事に殺した。前漢から南宋期までの千数百年は董仲舒流の儒教が中国社会を支配し、元朝から清末までの六百数十年間は朱子学と礼教が支配したわけだが、その間の中国は、まさに『悪の教学』の毒によって冒されているかのごとき異様な社会となっていた。また、本場の中国よりも『朱子学中毒』となった朝鮮半島の李朝500年もやはり、窒息しそうな病的時代であったといってよいだろう」

 非人間的な儒教が発展した中韓とまったく違ったのが日本であるとして、著者は以下のように述べています。
「日本人は古代から『論語』を読んできたが、江戸時代になって朱子学を『官学』として受け入れて以降も、『論語』は重んじつつ、しかし礼教には最初からほぼ一顧だにしなかった。そして、江戸時代の代表的な儒学者たちは、最初は朱子学から出発しておきながらも、やがて朱子学を打ち捨て『真の儒学』を求めていったのである。とりわけ、京都の『町の儒学者』である伊藤仁斎がたどり着いたものこそ、『論語』であった。彼は『論語』のなかに人間の『愛』を再発見し、『論語』を『宇宙第一の書』として推奨したのである」

そして最後に、著者は「おそらく仁斎の推奨の功もあったのだろう。江戸時代から現在に至るまで、儒教のいわゆる『四書五経』のうち、日本で一番広く読まれて、日本人に一番親しまれてきたのは『論語』であった」と述べるのでした。この『論語』に最も親しんだのが日本人である


上で紹介した

一気に通読できる完訳「論語」

読みやすくてわかりやすい本です

その言葉、メモしておきたいって思うような言葉ばかりです

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です